本当の三年間 プロローグ No one knows me

公開日: 2005/07/05

 希望に満ちた新入生、なんて言葉、誰が考えたんだろう。
 希望も絶望もない。あるのは緊張だけだ。周りはみんな知らない人ばかりだ。入学する前は「みんなも同じ」と思っていたが、それは違った。附属小学校の生徒というものを考慮していなかった。彼らは顔見知りなので、当然緊張も何もない、明るい笑顔でみんなと話している。畜生、何でこの学校を第一志望にしたんだ。地元の中学校ならまだ知り合いがいたのに。選択を誤ったのだろうか。
 しかし、それにしたって多すぎだ。みんなうち解け合っている。こんなに附属小学校生がいる訳がない。しばらく考えて気づいた。地方校から来た生徒ももうみんなとうち解けている。何て事だ。俺だけ取り残されている。小学校の頃はそれなりの知名度はあったが、それもただの内弁慶だったのか。「持ち前の明るい性格で、あっという間にクラスのムードメーカー」なんて夢は砕けた。一瞬で砕けた。
 それでも入学祝いの校長の言葉はまだ続いていた。
 
 独りというのがここまで心苦しいとは知らなかった。俺はここでやっていけるのだろうか?これからも変わらずにやっていけるのだろうか?多分無理だ。ここでもう確信した。
 
 
 
 入学してから一週間か経った。もう周りの殆どの人がうち解け合っている。昼休みの時間は当然みんな楽しそうな顔をして遊んでいる。そして俺は、自分の席でずっと生徒手帳を読んでいた。これしかやることがない。たまに遠くからみんなのことを見たりして、「フッ」と無意味に笑ったりもした。そういうキャラでいくしかない。そう思っていた。
 そのとき、後ろから急に「ねぇねぇ君ぃ」と声を掛けられた。振り向くと、背の高い奴と肌が黒いアフリカ系の奴がいた。肌が黒い奴はスポーツテストでペアになったので、濱野という名前だったのは覚えていた。
「ちょっとこいつを見ろよ」
濱野が指さした先には少し(本当に少しだけ)小太りでメガネを掛けた奴がいた。鈴木というらしい。俺が鈴木を見た瞬間、鈴木は急に意味不明な下ネタギャグをやり始めた。笑いというのはリラックスしていて初めて成立するものなので、冷静な視点(でしか見ることの出来ない状態)の俺は正直全く笑えなかったが、周りの濱野や廣瀬(これは後で知ったのだが、背の高い奴の名前である)は大爆笑している。そのうち俺もつられて笑ってしまった。
 この笑いから、俺はやっとうち解けることができた。そして同時に、俺は初めて自分がずっと笑っていないことに気がついた。
 
 それからというものの、俺は常に濱野達のグループと共にいた。グループには濱野の他に廣瀬や鈴木、あとどっから来たのかいつの間にか小松という奴もいた。小松は細めの身体が特徴の同じテニス部の少年だった。
 そんなある日の昼休み、いつものようにみんなでロッカー室に集まり、くだらないことを話していた。そのとき、廣瀬がふと
「よく考えたら俺達ってあだ名がないよなぁ」
と言った。そういわれるとそうだ。廣瀬は続けて
「よし、じゃあ今から俺が決める、俺はレッド!」
この発言にみんなは爆笑した。まさかそんな名前が来るとは思っていなかったからだ。その後、みんなグリーンやらホワイトやら名付けられたが、昼休みが終わると、みんなそんなことすっかり忘れていた。
 
 それからしばらく日が経ち、みんな色々なあだ名がついた。鈴木は「タヌポン」、濱野は「ハマちゃん」、小松も同じ傾向で「コマッちゃん」、廣瀬は特になかった(もしかしたら俺が忘れているだけであったかも知れない)。そんな中、俺は廣瀬と同じく未だにあだ名無しだった。しかし、俺の場合は絶対にあだ名が必要なのだ。というのも、クラスに同じ名字の奴がいるからだ。そんな俺の気持ちを察してかどうかは知らないが、ある日突然廣瀬は俺に言った。
 
「今日から君は武雄君だ」
 
 正直このときは「この前の時と同じようにまたすぐに忘れるんだろうな」と思っていた。まさかこのあだ名が中学校三年間、ずっと使われるなんて全く思いもしなかった。
 
 
 
 
[プロローグ、終]