本当の三年間 第13話 ハイスピードセカンドチャンス

公開日: 2011/12/18

 体育祭、それは新たなクラスで初めて行う一大行事だ。当時、スポーツが好きだった自分にとってそれは最高に楽しみで、優勝はかけがえもなく得たいものだった。
 今や言っても誰も信じてくれないが、俺は足が速かった。いや、速いどころではない。学年でも1、2を争い、「足と言えば秋吉か武田か・・・」とすら言われていた。多分。ちなみに秋吉とは同学年の、後にテニス部部長となるカモシカ野生児だ。正直、彼には足で勝ったことは一度もないのだが(チートである)、それでも勝手にライバル視していた。ちなみに俺もテニス部だったが、テニスではライバル視はしていなかった。というかテニスでライバル、という概念が無かった。熱心に熱血にやっていたが、今思うと俺のテニスなど、所詮は打ちたい球を打っているだけの球遊びだった。やがてレギュラー落ちしたのもこういうところから実力不足が露呈してきたのが遠因かな、と今、振り返る。
 さて、そんな自戒に誰も興味はない。体育祭の話に戻る。体育祭の中でも一番盛り上がっていたのはリレーのような、そんな気がする。勿論気だけなので真実かは知らない。とにかく、そんなリレー、アンカーなんかは特に責任重大だ。ではB組のアンカーは誰になったか?
 俺である。ちなみに書き忘れていたが去年もアンカーだった。そしてネタバレになってしまうが、実は来年、三年生、最後の体育祭でもアンカーを務めることになる。まさにエース的存在だった。しかし、別にやせ形でも筋肉質でもなく、むしろ少し小太り気味の俺の足が何故速かったのか、未だに謎だ。
 そういえばリレー走者は女→男→女→・・・→男、という順番になっているのだが、俺にバトンを渡す走者は前話のAだった。スポーツテストかなにかの結果で見たが、Aは女子で学年最速の足を持っていた(あと握力が45kgぐらいあった。)。今考えると相当な俊足カップルだったのかもしれない。
 さて、そんなことはどうでもいい。体育祭では後半になるにつれ、いつの間にか得点表がなくなっていた。それは恐らく結果のネタバレを防ぐためだったのだろう。しかし、それでもある程度点数の予想はできる。そして、我がB組は恐らく、ぎりぎり優勝の望みはあるだろう、ということが既に分かっていた。つまりだ、このリレーで優勝しなくてはならない。それはB組の願いであり、そして俺個人としての果たさなくてはならない義務であった。
 そして、ピストル音と同時にリレーは始まった。一進一退の攻防が続く中、何とB組は結構な大差の首位に立っていた。しかし、それは同時にただ負われる立場になる、と言う事を意味している。莫大なプレッシャーを感じ、途端に足に力が上手く入らず、パニックのような状態になった。しかし、それは言い換えれば浮き足立つ下半身は軽くなり、今にも飛べそうな、そんな感覚にもまた思えていた。全く緊張と異常の狭間では実に独特の思考回路が展開される。
 やがてバトンは大差のリードを維持したまま俺に回ってきた。助走をつけながらバトンを受け取る。そのバトンの重さを無意識下で感じつつ、左手に移しかえる。もう後はバトンのことは考えない。足で地面を掴み蹴り、加速を付ける。やがて最高速度に達した体は飛ぶような意識になり、自分でも止められないとすら思えるエネルギーを感じるようになる。後はその速度を、というよりその感覚を維持する。
 後ろは決して振り向かない。振り向いて得られるのは差を詰められた恐怖か、リードを広げた安堵か、いずれにしろ今の自分には全くの邪魔にしかならないことが明らかだったからだ。と、そこまで考えていたかは怪しいが、言葉ではない、本能的な思考をあえて言語化すると、きっとこんなことを考えていたのだと思う。
 そしてゴールテープを俺は難なく切った。1位、ゴール、すなわちヒーロー。こんなとき、「何かしよう」と考えてはいたが、結局特に斬新なことも、平凡なことすら思いつかず、ただそのときの気持ちを表現するために軽くなったバトンを空高くに放り投げた(まさかこれが翌年の体育祭リレーの伏線になるなんて誰も思うまい。)。
 最終種目が終わり、結果はB組の優勝となった。俺にとっては去年に引き続き2年連続の優勝である。
 優勝後は勿論打ち上げ!といきたい所だが、そこはうぶな中学2年生、教室でグダグダと余韻に浸りつつ、自然解散となった。
 しかし、今思うとこういう解散というか、終わり方のほうが、打ち上げなんかするより俺は好きかも知れない。打ち上げはすなわちただの盛り上がりに終始し、主題を過去のものにする。そこに、そのときしか感じられない余韻はなく、いつでも感じられるただの快楽しかない。余韻なんて最近ろくに感じてない。あのノスタルジックというか、例えるなら「祭りの後」のような感情を、俺はまた感じたい。

 もう遅いのかも知れないけど、それでも。

[第13話、終]