第二回電王戦第四局

プログラミングの備忘録ばかり書いていて他のこと書いてなかった。

将棋のこと、でまず最初に思い浮かんだのが、今話題の電王戦。
コンピュータ対プロ棋士というパンドラの箱を開ける戦いで、現在までで3回開催された。
特に印象に残っているのが、第二回電王戦第四局、Ponanza対塚田九段戦。
賛否両論ある戦いなのだが、ドラマという意味ではこれを超す対局は歴史上でもあまりないと思う。
ちょっと説明。
塚田泰明九段はタイトル獲得歴もあり、「塚田スペシャル」という自分の名前を冠した戦法で一時期一世を風靡した強豪棋士です。
塚田スペシャルもそうなのですが、攻めっ気の多い棋風です。
とはいえ、既に50歳近くで全盛期をとうに過ぎ、酷い言い方をすれば「ロートル」という部類になるかもしれません。
(分かりやすく説明するためにあえて失礼な言い方をしています。念のため)
そんな塚田九段がコンピュータと戦う。
「正直言って八割型コンピュータの勝ちだ」と大半の将棋ファンは思っていたと思います。
事実、対局は序盤からじわりじわりとコンピュータが優勢を拡大する展開になりました。
そこで、塚田九段は決意します。コンピュータにただひとつ存在する明確な欠点を突くことを。
そう、入玉狙いです。
入玉狙いの手順が賛否両論を巻き起こしました。
プロ棋士が「正々堂々」でなくコンピュータの欠点を突くということは、既に負けを認めたも同然じゃないか、という話です。
(まず、「正々堂々」の定義が考えるほど分からなくなります。「普通の人間同士の対局と同じように」という意味かと思いますが)
しかし、塚田九段はひたすらに逃走劇を繰り広げます。大駒を全て渡し、それでもただひたすらに相手陣に向かいます。
入玉しても勝ちになるわけではありません。
両者入玉になった場合、駒で決まる点数で勝負が決まります。
塚田九段は既にあまりに多くの駒を渡し過ぎていました。
入玉を果たしてもコンピュータに入玉をされたら点数勝負になり、負けになります。
しかし、先程述べたように、入玉が絡む局面はコンピュータの苦手とするところなのです。
塚田九段はここでコンピュータは入玉をしてこないと読んでいたようです。
しかし、塚田九段が入玉を果たした直後、非情にもコンピュータの玉は塚田陣に向かい始めました。
コンピュータの入玉、それはすなわち点数勝負になり、このままでは負けることを意味します。
敗北を回避するにはただひとつ、相手の駒を取り、引き分けに持ち込めるだけの点数をかき集めるしかありません。
予め断っておくと、人間同士の戦いならこれはまず不可能です。そういった局面でした。
しかし、相手はコンピュータ、インデックスの境界範囲外になればまだ何が起こるかわかりません。
ただ、ひたすらに塚田九段は指し続けました。
それは不毛にも思える時間でした。
実際、このときの控室ではもう対局を中止させようという話が持ち上がっていたそうです。
このままではプロ棋士の権威が無くなる、塚田九段がただ傷付くだけだと。
それを制止したのが塚田九段と同期、この対極の立会人を務めていた神谷七段(現八段)でした。
規定では250手までは指すルールなので、当然の行動ですが、そこには同期棋士としての、信頼があったような、そんなふうに考えてしまいます(後述)。
両者入玉。点数はコンピュータが勝利条件を満たしている。
このまま行けば塚田九段の敗北です。
もはやどれだけ続いたか分からない不毛な指し手の連続に、ニコニコ生放送の解説は段々と茶化したような笑い混じりになってきました。
しかし、ここでとうとうコンピュータに波乱が起きます。
入玉勝負では悪手とした思えない指し手が続いたのです。
とうとうコンピュータは相入玉のこの局面を理解できなくなってきたのです。
惨めな時間がいよいよ報われました。塚田九段は大駒を一枚取り返し、小駒をかき集めます。
そしてとうとう、引き分けに持ち込める局面になったのです。
そこからの様子は下記動画でご覧になれます。

冒頭の木村八段の解説様子からわかるように、終局間際とは思えない笑い混じりの状況です。
見ていた当時は何も違和感はありませんでしたが、今振り返ると異常ですね。
00:20塚田九段が駒を指さして点数カウント。通常の対局ではまず見られない光景です。
03:00-グダグダした確認の後、対局終了。謎の空気。
ここから終始、立会の神谷七段は笑顔です。
この異常な状況に対する単純な笑い、同士のひたむきな指し手が報われた喜び、コンピュータ相手に敗北しなかった安堵、そして対局を止めようとした者達への「見たか」という思いとか、とにかくまぁきっと色々な思いがあったのだと思います。
しかし、その神谷七段も、この異常な状況に酔っていたのかもしれません。
07:15-「投了しようと思ったか」という質問に対し、塚田九段が突然涙する。
そしてその涙を見た瞬間、神谷七段の顔から笑顔が消えます。
神谷七段は同期の塚田九段がここまで戦ってくれて嬉しかった。それは事実だと思います。
ただ、先ほど書いたように、この異常状況で、あることが思考から抜け落ちていたのだと思います。
戦っているのは塚田九段だけだということ。
プライドを捨て、惨めな手を指し続け、その姿を全世界に晒しているのは、塚田九段本人だけだということを。
その計り知れないものの重さを、神谷七段だけじゃない、多分塚田九段を除いた全世界の人が、気付けてなかったのかも知れない。
これほどにまで印象的なシーンは貴重だと思う。
電王戦はこの後も続いているが、ここまでに異常な対局は未だ現れていない。
この対局の話はネット上に溢れてるし、何番煎じかわからない。
でも、将棋と聞いてまず最初に思いついたのがこれなので、素直に書いてみた。
以上、稚拙な文章で失礼しました。